メリークリスマス。あらしゅんです。民間企業の仕事納めも終了した中、私はいまだにさぼり続けています。今日たまった記事を一挙放出したいと思います。こうしてブログ担当を3年の今やらせてもらっているので、まあ最後に自分なりにこの3年間のディベートを振り返って仕事納めにしたいですね。
その前に今日は年末にユニークないくつかの表現について考えてみたいのですが。突然すみません。最近よく使ってて思う事があるのですよ。
例えば「良いお年を」。これって今使うとしたら正式にはどういう意味がこもっているんでしょう?2013年残り少ないけど良い年の瀬をお過ごしください?それとも2014年は良い年になるようお祈り申し上げております?僕的には前者の意味を込めてるんですが・・・もし後者だったらさみしいですよね。その人と来年を一緒に過ごしたい人はなんかもう会わない感が出てきちゃいます。
それから「忘年会」。一年それなりに良い事があった人も参加しなくてはいけない恐怖の行事。この会で乾杯をしたものはハーマイオニーにオブリビエイト(忘却呪文)されるという。もうちょっと包括的な呼び名ないんでしょうか。「一年お疲れ!会」とか。忘れたくない記憶もいっぱいあるので。
さて、今日は時期部長、隆彦のHKDO武勇伝を紹介します。東野圭吾さんの本にこんな一節があります。「人間は種における世代交代の重要性を理解しない唯一の生物である。人間だけが権力に妄執し、来る次の世代を自己の利益のために排除する。」
たしかにーと思いました。そういう意味で、学生の部活というのは企業とか政治とかより健全ですよね。誰しもがバトンを一年で渡さなければいけない。隆彦に渡したのは正解だったと思えるような希望ある結果を彼は残してくれました。
あ、ちなみにタイトルは映画、「もののけ姫」の初題案、「アシタカせっ記」から取っています。特に意味はないです。もののけ姫(僕のバイブル)、最近みれてないなぁ・・・
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悪だくみ中 |
“You can leave Hong Kong, but it will never leave you.”
Nury Vittachi, Hong Kong: The City of Dreams
Hong Kong Debate Open(HKDO)はその名が示す通り香港で開催されるディベートの国際大会である。ルール上の特徴としては、自大学以外との合同チーム(Composite Teams)を認め、British Parliamentary Styleで競われることがあげられる。昨年はチャンピオンが日本人であったこと、また我がICU DSからもICUと東京大学との合同チームでGrand Finalist, Oct Finalistが出たほか、ジャッジ(審判)として参加したICU DSのメンバーも決勝ラウンドのジャッジに選出されたことは記憶に新しい。
本年のHKDOは北東アジア有数の大学である香港科技大にて開催され、アジアのオールスターともいえる面々が大会の主審、審判団として名を連ねた。また、例年通りシンガポール国立大や香港大、フィリピン大学、アテネオ大学、高麗大学といったアジアの強豪がディベーターとしてこぞって参加したほか、Yale UniversityやLondon School of Economics, Australian National UniversityのOBといったアジア圏外の強豪校からも参加するディベーターが混在する大会となった。
この大会に僕は東京大学の戸塚康文君とのComposite Teamで参加し、準決勝敗退という結果に終わった。このエッセイでは2013年のHKDOをディベートの質、ホスピタリティ、「正斗麺粥専家」(!?)という3つの観点から、日記・感想文的になんとなく見直す。
1, HKDOのディベート
ディベーター、ジャッジ(審判)、Motions(論題)という観点から振り返る。
HKDOを戦う過程でまず感じたのは、ディベーターの上位層と下位層のレベルの差が激しいということである。次に感じたことは、日本人ディベーターでもHKDOのプールの中では頑張れば上位層になんとか食い込めそうだ、ということである。これは本年のUADCで感じた圧倒的な力の差からすると、希望の見えるものであった。
ディベーターの質で一番大きな違いを感じたのはWhip Speakerのスタイルである。彼らはディベートの核となる議論が何かを明確かつ正しく指摘し、その核となる議論において重要な論理を深め、比較し、結論づけたのが自身のチームであることを極めて上手くアピールしていた。これは日本でも当たり前だと考えられていることかもしれないが、HKDOのディベーターたちは日本人よりも勝ちへの嗅覚が鋭く、どの議論でケリを付ければ論題の肯定・否定に直接的につながり、勝利するかを熟知していたように思われる。個人的には比較や結論が出ないディベートが日本で多いと感じ、また自分自身もそれに関して反省する中、比較・結論付けといった技術を身につけることは非常に重要だと感じだ。
ディベートにおいて議論は常に進む。進む議論の中でフレキシブルに比較を行い、自分たちのチームに有利なように話をさらに進めて結論を出すことはスタイルを問わず、必要な能力であろう。プレパで出した細かなロジックに拘束されるのではなく、出したロジックをフレキシブルに再配置し、話を進める必要がある。同時にその分析が論題の肯定・否定に結びついているかも常に確認する必要がある。ディベートは結局は論題を肯定・否定するゲームであって、いくら良い分析が出ても肝心である論題の肯定・否定につながらなければ意味はないのだ。Whip Speakerのスタイルに感銘を受けるとともに、ディベートの戦い方自体に関して新たな知恵を得たと思う。
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ジャッジからコメントをもらう際に感じたことは、やはりディベーターはスピーチの構造、説得性、分かりやすさにも重点を置く必要があるという点である。これは何も論理や発想などが必要ないというわけではない。論理力や発想力を存分に活かすためには、プレゼン力が重要、ということである。
これは何も新しいことではないが、日本では通用するマシンガントークのようなプレゼンは海外では通用しないと感じた。自分のスピーチで何が一番伝えたいことで、何が重要な貢献で、なぜそれを述べる自分たちが勝っているのかを明確に伝える必要がある。とにかくロジックを大量に言えばいいわけではない。自分のスピーチの何が一番重要なことで、どの点に関して自身のチームがどのような貢献をしているのかを明確に話さなければ、ラウンド内の他のディベータも自身にエンゲージしないので自分たちはラウンドから消えてしまうし、ジャッジも自分たちの話を分かってくれないので、やはりラウンドから消えてしまう。勝つためにはアピールする必要があるし、それは誰にでも分かるようにする必要がある。自分のスピーチの構造と、その明確さ、説得性に今まで以上に注意を払う必要があると学んだ。
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論題に関しては、正直、思うことはあまりないが、フェアな論題が多かったように個人的には感じる。一見するとどちらかのサイドに偏っていそうな論題があったと思うが、クラッシュを考えながらディベートのアイディアを詰めてみると、特にアンフェアだと感じるものはあまりなかった。論題自体に関しては検索すれば出てくるので、ここでの言及はしない。
2, ホスピタリティ
海外大会に参加する際にいつも気になるのが、大会のホスピタリティだ。結論から述べると、HKDO 2013のホスピタリティは普通、または若干悪いと感じた。ホテル、バス、食事、コミの対応という観点から見直す。
ホテルは可もなく不可もなくといった感じであった。大会自体が開催される香港科技大までバスで40分前後かかった気がするので、アクセスという面に関しては微妙と言えるかもしれない。ホテルの客室内の水回りや冷蔵庫、WiFi環境などは十分に満足がいくものであった。ホテルの周辺にはマクドナルド、セブンイレブン、謎の饅頭屋、超級市場(スーパーマーケット)もあり、生活には困らなかった。東南アジアで開催される大会で手配される豪華なホテルに慣れていると見劣りするかもしれないが、客観的に見れば必要充分であった。
会場へのバスも必要十分で、満足できるものであった。
食事のクオリティは比較的高いといっても差し支えないと思う。朝食は英国的なもので、卵に豆、マッシュルームやソーセージにコーヒー、昼食はパスタやチキンなどで、夕食も昼食と似たような感じであった。味は普通においしいと言えるレベルのもので、満足できるものだった。大会初日のディナーも味とボリュームには満足できるもので、大会を通して食事のクオリティは良かったと感じた。
ブレイクナイトは香港科技大の中の一角で行われた。基本的に酒は飲み放題であったが、場所がバーではなく、ただの一角であったため、酒類の種類は限られていた。ワインとビールがあったのを覚えている。途中で飽きて大学内のマクドナルドでダラダラしていたので、パーティー自体の内容はあまり覚えていない。今年のUADCのパーティーがクラブ貸し切りで行われて楽しかったので、それと比較するとショボい感じであった。
問題は大会のコミの対応である。
ホテルに設置された大会の受付の机には初日を除いて大会コミの姿はなく、予定の伝達なども不十分であると感じることが多かった。何らかの変更があった場合、ホテルでは誰に問い合わせるべきか不明であり、大会期間中は他の参加者の動きを見ながら自分たちも動くというような感じであった。また、自分は経験していないが、後泊した参加者の中にはホテル側との情報の不一致で後泊するお金を払ったのに、ホテルから追い出された人もいるという噂を聞いた。海外大会ではもはや当たり前かもしれぬが、自分で情報を集めて行動できる人でないと厳しいと思った。
3, 正斗麺粥専家(!?)
オチから述べると、大会の前日の夜に到着して、大会が終わった当日の夜に帰るというギリギリの日程で参加したため、香港で遊ぶ時間はほとんどなかった。ここでは一番の思い出となった美味い飯屋である「正斗麺粥専家」の話をダラダラと書く。都市としてみる香港の話はあまりしない(核爆)。
大会の初日は午後2時から大会が開始されるとのことであったので、その日の午前11時頃に僕と戸塚君、そしてICUの先輩の荒川耕平さん(PPさん)と共にタクシーで香港の中心街へと食事をするために向かった。ホテルからバスが出発するのは午後1時であるため、余裕があったわけではないが、昼間に中心街へ行けるチャンスはこのときしかなかったので、向かうことにした。
香港は起伏の差が激しく、坂が多かった。そして、その起伏より激しかったのが高層ビルの乱立具合であった。写真で見る香港は摩天楼と夜景という感じであるが、そのイメージ通り様々な高層ビルが所狭しと立ち並んでいた。しかし意外にも日中に太陽光の下で見る高層ビルの多くは煤けており、なんだかなぁという感じであった。街自体も東京のように清潔ではなく、雑な感じである。ただ、日本のように意味不明な建物が意味不明な順番に並んでいるというわけではなかったので、都市としての統一感のようなものは感じた。摩天楼が見下ろす海岸線には所狭しと並ぶヨットが輝き、海岸線から金の香りを漂わせていた。
香港の中心部に到着したのは午前11時40分頃であった。何も調べずにゲリラ的に中心街へと向かったため、どこにレストランがあるのか見当もつかなかったが、香港駅に隣接するショッピングモールの中でレストランを探すことにした。世界的に有数なビリオネアが多く住む都市である香港だからか、モールの中にはポッシュなデザイナーショップが並び、客も気合いを入れた服装でドヤ顔を振りまきながら闊歩していた。個人的に面白かったのは、モールにいるボーイが我々を一瞬で日本人だと見抜いたことである。別に首からカメラを提げていたわけでもなく、眼鏡もかけていないし、僕たちは別に出っ歯でもなかったが、高級モールの高級ボーイは我々を日本人だと見抜いた。何が彼らをそうさせるのかは不明である。まぁ、たぶん僕たちが日本語でベラベラ話していたからであろう(←)。
能天気でアホな僕を除いて、戸塚君とPPさんは午後1時までに戻るというタイムリミットに焦りを感じながらも「割とちゃんとしたレストラン」で食事をしたいという空気をにじませていた。僕はモールの一角にあった適当なコーヒースタンドでサンドウィッチ
とかをつまめばいいと考えていたのだが、2人はレストラン捜索の続行を匂わせていた。戸塚君とPPさんの懸命な捜索の結果、正午頃にモールの一角にあるレストラン「正斗麺粥専家」に我々一行は到着し、時間との戦いの中で食事をすることとなった。
結論から述べれば、このレストラン「正斗麺粥専家」は正解であった。美味い、早い、安いの三拍子で、また訪れたいと思える店であった。正午に到着した我々が怪しげな英語で時間がないことを伝えると、やり手の女主人のような人が「OK」とか言いながら怪しげな日本語で我々を席に案内した(彼女も我々を日本人と見抜いていた)。我々はメニューを見て、チャーハンとよくわからない麺を二品、肉まん的なものを注文した。衝撃的だったのは、例の女主人が注文の順番を入れ替えたのか、チャーハンなどがものの2~3分で出てきたことだ。料理からしてレンチンでつくれるものではないと思うが、これには驚いた。その上、美味い。結局、蒸すのに時間のかかる肉まん的なものだけ遅れて出てきたが、予想よりも大幅に早く食事をすることができた。値段も日本円で1人1000円くらいで、味と量を考えると素晴らしいコスパであった。非常にどうでもいい話であるが、「正斗麺粥専家」の客層は比較的に香港の中では金持ちなのかなと感じた。ランチを楽しむ子連れのマダムは着飾り、ビジネスマン風の白人やアジア人たちの腕には高価な腕時計ブランドであるIWCの腕時計が控えめに輝いていた。
満足した我々は、大会が終了した日の夜に他の日本人ディベーター10数名を引き連れて「正斗麺粥専家」を再訪し、店が閉まるまで食べまくった。PPさんは大会側から招待されて参加した審判の一人だったので、大会側から援助金をもらっていたが、その全てはここでの食事に消え、それでも払いきれなかった分は割り勘で支払った。メニューをよく見ないで適当に頼んだり、店のボーイに「美味しいもの持ってきて」的なことを言って料理を注文するというバブル期の日本人のようなことをしていたので、何を食べたかはよく覚えていない。本場のお粥の美味しさと謎のデザート軍団に文化的衝撃を受けたことは鮮明に覚えている。
4, まとめ
HKDOに参加して新たなディベートの知恵を身につけたと個人的には思う。海外で自分のスピーチがどのように評価されるのかを知り、海外のディベーターがどのような戦略の下で論題の肯定・否定を効果的に行い、勝利を狙うのかに触れる良い機会であった。
しかし、何よりも個人的な記憶に残ったのは大会自体ではなく「正斗麺粥専家」のクオリティであった。あまりにも大会以外の日程に関して無計画であったせいか、僕の初めての香港の記憶は「正斗麺粥専家」が放つ謎の強烈な思い出によって僕の心(主に味覚受容体)に刻まれた。
本年はコミの対応などに疑問が残った気もするが、HKDOは力試しで参加すると良い思い出になるのではないだろうか。そして、何よりも「正斗麺粥専家」を将来HKDOに参加する日本人には体験していただきたい。たぶん皆おいしいと言うと思う。
手頃な距離、手頃な期間で開催され、頑張れば決勝ラウンドに進出してアジア圏の強豪と戦えるHKDOは色んな意味で「おいしい」大会だと思った。
おしまい。