2011年3月9日水曜日

BOTSWANA WORLDS 体験記①

こんにちは、ICUDSの高柳です。世界大会が終わって3カ月近く経ちましたが()、簡単にWUDCを振り返りたいと思います。まず、今回は、全体的に感じたことについて書きます。


その前に成績です。今年はICUからは1チームだけの参加となりました。僕は同期の池田宏幸と組みました。池ちゃんとは、一年生の冬T2010 NEAO2010 Japan BPと、BPスタイルの大会で何度も組み、ある程度成績も残せていたので、大きな不安はありませんでした。


ICU A: 11 (239/314)
個人: 673(325/632)


最終的に11点で終わってしまいましたが、着実に力をつければあと3点は取れると感じました。


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オープニングセレモニーで戯れる池ちゃん()と僕()。薔薇は生花でした。




色々と感じることはありましたし(トイレットペーパーが当然のようにある先進国の底力、タイムスケジュールが3時間おしになることは決してない国内大会の有難み、etc)、ちょっと体調を崩してソーシャルに参加できなかったですが、全体的にはBotswana Worldsは本当に楽しかったです。Auckland Australsが「衝撃」だったとすれば、Botswana Worldsは「楽しい」と感じられた大会でした。なんか小3の感想文みたいですが、純粋にそう感じられた大会でした。予選9ラウンドが終わったあとも、「まだまだやりたい」と思う自分がいました。ディベートだけでみたら、今まで参加したどの大会よりも楽しかったと思います。それは対戦相手の多様性とレベルの高さがあると思います。



「色んな国のディベーターと対戦できるよー」とは色んな先輩から聞いていましたが、ほんとにそうでした。今、当たった相手の出身国リストを作ってみたら、豪州x2、英国、米国x4、カナダx2、ドイツ、フィリピン、シンガポール、インドネシア、マレーシア、タイ、ベネズエラx2、中国x4、日本、ウガンダ、レソト王国(今大会で存在を知りました笑)、カタールx2あともう1チームどっか、となりました。南極以外、全ての大陸を制覇しました() 



更に面白いのが、地域色みたいなものがあることです。例えば、米国勢は学歴すごいけど実はたいしたこと言ってないチームが多かったり、シンガポール・フィリピンに代表される東南アジア勢はあの独特な英語から繰り出されるポイントががん立ちしてたり、カタールは視点とrefuteが本当に良い反面ストラクチャーが皆無だったり、ベネズエラはチャベス顔負けのダイナミックな目、眉毛、手の動きなどなどです。



けどやっぱりなんといっても、時々遭遇するラウンドのレベルの高さが一番の理由です。印象的なのは、R4です。R4は「This house believes that central banks should set limits on government spending」というモーションでした。3ラウンド終わって3点チームのラウンドで、しかも中央銀行の役割を絡めた経済モーションなので、「これはごちゃるなー」と思いながら会場に向かいました。僕たちは池ちゃんの経済知識のおかげもあってPropで言うべきことは大体みえていました。「これは1位もいける」と思いながら、ラウンドが始まりました。するとPMが池ちゃんのハワイ時代の友人であることが判明しただけでなく、かなりMatterがいいのです。僕たちが言おうと思っていた内容をほとんどかっさらっていくのです。焦りました。結局ExtensionSQProblemの深刻性を強調したのと、SQの中央銀行の役割との類似性を強調するのみに終わってしまいました。更に焦ったのが、COOG以上に金融/経済知識を持っていて、米国や日本の中央銀行のExampleを次々に繰り出すではありませんか。僕はGWで、最初の3分をCOへのレスポンスだけに費やしましたが、それでもラウンド後のZheng Boによるリフレクでは「COへのレスポンスが足りない」と言われる始末。結局そのラウンドはCO1位、OG2位、僕たちは3位でした。



世界大会のレベルの高さを肌で感じたラウンドでした。けど不思議なことに、必死でExtensionを考えているときや、必死でCOへのrefuteを考えながらWhipスピーチの構成を変えているときは幸せでした。もちろん、世界大会のどのラウンドもレベルが高いわけではありませんが、ときどきこういうレベルの高いラウンドに入れます。予選最後のラウンドもAteneoIndonesiaUTとのラウンドで熱かったのを覚えています (4位でしたが、、)



最後にワールドで強く感じたこと、それは世界のディベート界の勢力図です。英国とオーストラリア、カナダとNZと米国、西ヨーロッパ、東欧、アジアといった具合に、実力においても、発言権においても、ディベート界には確かにヒエラルキーが存在していました。昨年の夏からいくつかのアジアの大会に参加する中で目標としてきたAteneoNUSのディベーターがブレイク落ちする現実を目の当たりにしました。それが悔しくて、悔しくて、変な対抗意識みたいなものをもって毎日を過ごしていました。正直、簡単に埋まる差ではないので、「がんばろう」と前向きになるのも大変ですが、とりあえず目の前の目標をこなしていくことしか出来ません。ディベートに関する具体的な話も書ければと思います。



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ヨハネスブルグ~ハボロ-ネは09俊さん()のプライベートジェットで行き来しました(すいません、ここは嘘です)。俊さん、あたかも南アフリカ航空所有の飛行機にお金を払って乗る一般客のように振る舞っていただき、ありがとうございました。

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大会期間中はボツワナ大学の学生寮に収容されていました。トイレやシャワーは共同でした。シャワーはモスラの住処となっていたり、お湯しか出なかったりと、罰ゲームのようでした。

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